<オピニョン>

―笹子トンネル崩落の新事実 (1)―
天井板の連結が大惨事をまねいた

西山 豊

2018年2月13日更新


1 はじめに

 2012年12月2日、笹子トンネル内で345枚の天井板が138mにわたって崩落し、9名が死亡、2名が負傷するという大惨事が起こった。私は、この事故は自然災害ではなく設計ミスによる人災であることを指摘した1)。2015年12月22日、横浜地裁は遺族に約4億4千万円の賠償金を支払うようNEXCO中日本らに命じた。2006年ボストンで起きた同種の事故は、10枚の天井板が落下し、1名が死亡、賠償金が30億円支払われた。
 笹子とボストンの違いは何かを調べる中で、笹子の天井板は全トンネルにわたって連結されていることがわかった。フェールセーフの設計思想が欠如していたと思われる。また、訴訟を起こした5名に対して4億4千万円と、1名に対して30億円5)は、事故に対する国家の責任の取り方が、日米で約30倍も違うことに驚いた。
 災害は自然災害と人的災害がある。前者は避けられないが、後者は人間が作り出したものだから未然に防げる。科学者の社会的責任とは、人災を見つけ、周知することである。

2 マスコミ報道の誤り

 確かに、天井板崩落はトンネルの天頂部に取り付けられたアンカーボルトの抜け落ちが原因である。1本のアンカーボルトが抜けると、それにぶら下がっている隔壁、隔壁につながる送気ダクト側のA板、排気ダクト側のB板の2枚が落下する。1本のアンカーボルトが抜け落ちることにより、3枚の天井板が落下することになる。ところが345枚の天井板が崩落したのである。
 マスコミで報道されたトンネル内の天井板の構造は図1のようなものが多い。左右2枚の天井板(水平方向)と隔壁(垂直方向)が同期しているが、この図は誤りである(後述)。

      

     (1) 産経新聞 (2012.12.4)             (2) 朝日新聞 (2012.12.3)

図1 マスコミ報道による天井板の構造


 天井板の連結は、二段階においてなされる。

 第一段階は、隔壁と天井板左右2枚の合計3枚を1組とすると、5組(15枚)が1セットになっていることである(図2)。15枚は6mの上部CT鋼に連結しているので落下の最小単位は15枚である。この図は注意深く見ないと重要なことを見落としてしまう。つまり、隔壁と天井板が同期せず、60cm(天井板の半分)ずれていることだ。



図2 国土交通省による天井板の構造3)

 連結の第二段階は、隔壁を天井板に対して0.5枚分(60p)ずらすことによって行われる(図3)。国土交通省の事故調査・検討委員会(以後「事故調」とする)は、この図を示しているが、これが大惨事につながったことの言及を避けている。



図3 CT鋼と隔壁の位置関係4)


 事故調の最終報告書には、落下した天井板の状況が示されている4)(図4)。紫色はCT鋼をまたぐ隔壁である。隔壁や天井板が整然と落下している状況は、アンカーボルトの不具合だけでなく、天井板の連結構造により、ドミノ倒しのように天井板が落下したことを想起させる。



図4 隔壁の落下状況模式図4)



3 笹子トンネル天井板の連結構造

 以上を、もう少し詳しく説明しよう(図5)。
 トンネル天頂部には6m長の上部CT鋼注1)が、16本のケミカルアンカーで取り付けられている。アンカー16本のCT鋼上での配置は図3の通りである。図5は上部CT鋼が3本分、18mの区間を説明している。上部CT鋼は5本の吊り金具により下部CT鋼につながっている。下部CT鋼には左右5対、10枚の天井板が取り付けられている。アンカーボルトが欠落した場合、天井板が落下する最小単位はCT鋼の長さ(6m)である(図5(1))。

 横流換気方式により、送気ダクトと排気ダクトが隔壁でさえぎられている(図5(2))。隔壁は天井板と60cm(天井板の半分)ずれているため、CT鋼をまたぐ(黄色の隔壁)。そのため、すべてのCT鋼は隔壁を介して連結され、トンネル内のすべての天井板が連結されることになる。2012年12月の事故は、CT鋼が23本分(138m)の区間にわたり、天井板・隔壁計345枚が、落下した。

 2006年ボストンでの事故は隔壁がなく、天井板の落下は12.2mの区間で10枚、被災車は1台で死者は1名である。もし、笹子の隔壁を天井板と同期しておけば、天井板・隔壁の落下は6mの区間で15枚、被災車はゼロで死者はゼロの可能性が大きい(図5(3))。



図5 笹子トンネル天井板の連結構造


 隔壁板の重なり具合、天頂部接着系ボルトの変形、抜け落ちたボルトの孔内における傷の状況、舗装に残る下部CT鋼の落下痕などから、CT鋼でCT11からCT13のいずれかが起点となって落下したと推定されている。



図6 落下開始推定区間と事故車


4 まとめ

 ひとつの災害が別の災害を引き起こさないようにすること、フェールセーフとよばれているが、今日では常識となっている。笹子トンネルの設計者がどうしてこのような設計をしてしまったのか不明であるが、間違った設計をしていないか監視するために科学者の役割は大きい。


注1) 断面が「T」形の鋼材をT鋼という。T鋼はH鋼を切断(Cut)してできるので、CT鋼の名前がある。


(参考資料)

1) 西山豊「笹子トンネル事故を考える―科学者の社会的責任から」『日本の科学者』48(7), 34-40, (2013)
2) 「中日本高速などに4億円余の賠償命令 笹子トンネル訴訟」、朝日新聞、2015年12月22日.
3) 国土交通省「トンネルの概要」2012年12月4日、4ページ.
4) 国土交通省「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会報告書」2013年6月18日、4ページ(天井板の構造)、10ページ(隔壁の落下状況模式図)、9〜12ページ(事故区間の観察).
5) 君島浩、ボストントンネル事故:1人死亡に30億円. http://web.thn.jp/kimijima/body/FourthRoad/20130723Sasago02Boston.htm (最終閲覧:2016年6月18日).


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(にしやま・ゆたか:大阪経済大学、数学)