<オピニョン>

―笹子トンネル崩落の新事実 (3)―
リフレッシュ計画延期の謎

西山 豊

2020年9月17日更新




7 笹子リフレッシュの検討(2008年)

 笹子トンネルは2001年、旧道路公団の時代に、「中央自動車道 笹子トンネル(上り線)補強工事」という名称で、丸紅建設(株)が詳細点検を行っている[3]
 その後、旧道路公団の民営化に伴いNEXCO中日本が2005年10月に発足するが、2012年12月2日に天井板崩落事故が発生するまで、天井板の上側(裏側)については、アンカーボルトの打音検査を含む詳細点検は行われていない。

 車両による天井板の接触事故は前述したように、@2005年9月まで、A2008年6月10日、B2012年4月5日に発生している。
 Aの事故との関連性については言及していないが、NEXCO中日本は2008年6月と9月に臨時点検をしている。高さが4.95mの大型車両が3キロにわたって天井板に擦過痕をつけたという事故だけに、事態を重く見たのであろう。そして、結論として「天井板の撤去により上下線とも自然換気方式が可能」としている(図11)[3]。こうして、笹子トンネル・リフレッシュ計画の検討が開始される。



図11 リフレッシュ計画検討の開始(2008年)[3]




8 工事期間180日の算定基準(2009年)が不明

 ところが、いろいろ理由をつけてこのリフレッシュ計画が延期されていく。

 リフレッシュ計画を延期した理由のひとつとして、工事期間中の通行止めがあげられる。NEXCO中日本が国土交通省に提出した資料では、事業期間として約1年【うち通行止め 上り線:約5カ月、下り線:約5カ月(通行止期間中は片側を対面通行)】としている[4](図12上)。
 NEXCO中日本がその後提出した資料では、「対面交通にてリフレッシュを実施(上り150日 下り180日)」となっている[3](図12下)。
 下り線は当初5カ月としていたが、180日に変更して1カ月長くなっている。

 このような資料を提示されると、工事は大変であり、これだけの期間が必要なのではと思ってしまう。

 ところが、2012年12月2日の天井板崩落事故以後の、下り線の天井板撤去作業は12月8日から始まり、12月29日で開通しているので、約20日で工事が終わったことになる。上記説明では180日かかるとしたが、実際は9分の1の日数で工事が完了したことになる。

 工事期間180日の算定基準はどうなっているのか疑問が残る。





図12 通行止め期間(赤色下線は著者による)(上は[4]、下は[3])




9 小仏トンネルは5日間で完了(2001年)

 中央自動車道でNEXCO中日本の管内にある小仏トンネルの天井板撤去が、旧道路公団の時代に行われている(2001年と2003年)。林邦彦(2002)の報告によれば、小仏トンネル上り線では半横流方式からジェットファンによる縦流方式に変えられ、5日間で工事が完了したとある[8](図13)。

 小仏トンネル上り線は延長が2574mで、半横流方式で天井板は2枚、笹子トンネル下り線は延長が4717mで、横流方式で天井板2枚と隔壁あわせて合計3枚。
 笹子トンネルの延長は小仏トンネルの約2倍、天井板の撤去単位は約1.5倍であるので、これらを掛け合わせると、作業量は約3倍になる。

 小仏トンネル上り線は5日間、笹子トンネル下り線は20日間で天井板が撤去された。
 小仏の5日間の3倍は15日であるので、笹子の20日はオーダー的にはあっている。

 NEXCO中日本が提示した工事期間180日の算定基準はどのようになっているのだろうか。
 私は疑問に思ったので、国土交通省に問い合わせてみた。国土交通省からの回答は、「笹子トンネルリフレッシュ計画の内容については、中日本高速道路(株)へご確認ください」であった。
 そこでNEXCO中日本に同様の問い合わせを行なったが、今のところ回答がない。

 私には、工事期間180日という説明は、撤去工事ができないということを宣言しているようにみえる。大型車量による天井板接触事故で、アンカーボルトが相当危険な状態になっていてでもである。



図13 小仏トンネルは5日間で完了[8]




10 関門トンネルのリフレッシュ計画(2008年)との違い

 笹子トンネル(1975年開通)と同じ横流換気方式を採用しているトンネルに、恵那山トンネル(1975年開通)と関門トンネル(1957年開通)がある。そのうち関門トンネルは、2009年のリフレッシュ工事により次の点が改良されている[9](図14)。

 (1) 吊り金具は1本から3本に変更した(赤色)。
 (2) 補助金具を4本(4箇所)追加した(黄色)。
 (3) 中空で、軽量のCO板(板厚6cm)を使用した(緑色)。

 補助金具が施工されている状態を図15に示す。この写真は、NEXCO西日本のホームページの中から「関門トンネル工事のご案内」から引用した。吊り金具の両側にクロスして取り付けてあり、吊り金具が万が一抜け落ちた時のフェールセーフとして設計がなされている。
 関門トンネルは横流方式であるが、道路下に送気ダクトがあり、天井板上に排気ダクトがあるので、笹子トンネルのような隔壁板はない。山田眞久「日本の道路トンネルの換気方式の変遷と今後の課題」(2015)学位論文、6ページを参照のこと。

 
図A 横流式給排気方式 (山田眞久「日本の道路トンネルの換気方式の変遷と今後の課題」(2015)図1より一部引用)



     

        図14 関門トンネル補修前後[9]            図15 補助金具NEXCO西日本ホームページ)より



 NEXCO西日本に、天井板更新に使われたアンカーボルトの種別について問い合わせると次の回答があった。

 「関門トンネルの天井板は、3点の吊り構造になっております。3点のうち中央の1点は、建設時からトンネルの覆工に埋め込まれた構造となっております。残る両端の2点は、金属系の打込みアンカー構造となっております。」(NEXCO西日本、2018年9月18日)

 関門トンネルは1957年の建設当時から天頂部のアンカーは埋め込み式であったということだ。その埋め込み式の技術がありながら笹子トンネル(1977年)には生かされていないのは残念だ。

---------------------------------------------------------------------------------------------

 笹子トンネルは2009年リフレッシュ計画をいろいろ理由をつけて延期したが、関門トンネルは2008年にリフレッシュ計画を完全に実施している。
 その判断の違いは、笹子トンネルはNEXCO中日本の管内、関門トンネルはNEXCO西日本の管内と、民営化により組織が分かれたためとも考えられる。

 また、関門トンネルはリフレッシュ工事(2008年)の前に、天井板接触事故(2007年)が起こっている。

 「2007年6月に高さ制限を超えた車がトンネル上部に接触したため天井板の金属製部材の一部が垂れ下がり、後続車両を損傷する事故が発生。これを受けて臨時点検したところ、約50本のつり金具で腐食や損傷が見つかった。2本は破断、残りも「くの字」に折れ曲がるなどしていた」(毎日新聞、2012年12月9日)。

 笹子トンネルは天井板接触事故といっても擦過痕で済んでいるので、それを甘く見たのではないだろうか。



11 国土交通省、NEXCO中日本からの回答はなし

 再び、前回の「車両の接触事故が引き金か」に話を戻します。

 私は、車両の接触事故のうちAの2008年6月に発生した高さ4.95mと4.7mの関係がどうしても理解できないので、国土交通省のホームページから問い合わせてみた。

 2016年9月24日の問合せに対して10月12日に回答があり、その内容は「当該資料は中日本高速道路(株)からの報告資料であるため、内容の詳細については中日本高速道路(株)へご確認ください」であった。あまりにも無責任な回答なので、10月14日、再度問い合わせることにした。

 この資料は、資料集[1]だけでなく事故調査検討委員会の配布資料としても配られている[5](2012年12月21日)。
 事故調査検討委員の7名の委員から、4.95mが天井板までの高さ4.7mをはるかに超えていることに対する疑問や質問は誰も出なかったのだろうか。国土交通省からNEXCO中日本へ問い合わせることはしなかったのだろうか。国民に疑問を抱かせる資料を掲示し続けることは、国の行政機関として恥ずかしいことだと思った。

 私は、国土交通省に問い合せた同様の質問をNEXCO中日本に対して、9月28日に問い合わせた。1ヵ月たっても回答がないので10月28日に再度問い合わせているが、まだ回答がない。



12 4.95mの謎を解く

 (注) ここでの推論は2016年11月時点に作成したもので、トンネル内空調査(2017年4月実施)の結果を踏まえていません。できましたら、つぎをご覧ください。

「トンネル内空測定の意義と方法」

「天井板崩落は予知できた―笹子トンネル現地計測を終えて」

--------------------------------------------------------------------------------------

 国土交通省からもNEXCO中日本からも回答がないので、4.95mの理由を自分で考えてみた(図4)。

 まず、道路から天井板までは4.7m[6]としたが、これは図面上のことで実際はどうなのだろうか。ある方から、笹子トンネル上り線の入口の実測値は4.8mであるということを教えていただいた。そこで4.7mではなく4.8mとしても高さが4.95mの車両は15センチもオーバーしている。どうしてトンネルを通過できたのだろうか。以下は私の推論である。

 車両には路面の凸凹からくるショックを和らげるためにサスペンションがある。
 土台の大型貨物車にも、積載されたコンテナ車にもサスペンションがある。この2つのサスペンションを組み合わせると高さが15センチ超でもトンネルを通過できるのでは、というのが私の仮説。

 図16に従って説明する。
 (1) 高さ4.95mの大型車両が高さ4.8mのトンネルに入ろうとしている。
 (2) コンテナ車の前方がトンネル入口にぶつかる。そのときの損傷が図4の前方壁に残っている。
 (3) トンネル天井板からの圧力がコンテナ車を圧迫するが、コンテナ車と大型貨物車の両方のサスペンションが働き(吸収し)、車高が15センチ低くなる。
 (4) 車高を低くしたままトンネルを通過する。このとき天井板と常時接触しているため、天井板には3キロに渡って擦過痕が残る。
 (5) トンネルを抜け出すときには、サスペンションが戻ろうとするが、コンテナ車の後部がトンネル出口に引っかかり、損傷となる(図4の後方)。
 (6) サスペンションが元に戻り、車高が4.95mになる。

     

  図4 2008年6月10日の事故(高さ4.95m)[1](再掲)     図16 ひとつの推理

 2008年の事故記録は残っているであろう。

 NEXCO中日本は接触事故の詳細を公表すること、国土交通省の事故調査・検討委員会は接触事故と天井板崩落の因果関係を精査することを要求したい。

(つづく)



(参考資料)

[1] 国土交通省「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会資料集」2013年7月31日、194〜195ページ
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/tunnel/siryo/03.2.pdf
[2] 国土交通省「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会報告書」2013年6月18日、笹子トンネル縦断図、2ページ
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/tunnel/pdf/130618_houkoku.pdf
[3] 国土交通省「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会」第4回(2013年3月27日)配布資料、資料8 笹子トンネルの過去の維持管理履歴、8ページ
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/tunnel/pdf/43.pdf
[4] 国土交通省「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会」第3回(2013年2月1日)配布資料、資料2-2 笹子トンネル(上り線)の過去の点検経緯、8ページ
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/tunnel/pdf/24.pdf
[5] 国土交通省「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会」第2回(2012年12月21日)配布資料、資料2 天井板の車両などによる損傷、4〜6ページ
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/tunnel/pdf/13.pdf
[6] 国土交通省「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会」第1回(2012年12月4日)配布資料、資料3 トンネルの概要、3ページ、6ページ
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/tunnel/pdf/4.pdf

[7] Wikipedia 日本航空123便墜落事故

[8] 林邦彦「紹介 重交通路線における対面通行でのトンネル改良計画 - 中央自動車道「小仏トンネルイキイキ計画」『高速道路と自動車』高速道路調査会、45(7), 57-60,5,2002-07.
[9] 小林康範、棟安貴治「関門トンネルリフレッシュ工事(天井板更新)」『建設の施工企画』2009年11月、20-23.
http://jcma.heteml.jp/bunken-search/wp-content/uploads/2009/11/020.pdf
[10] 警察庁「運転免許統計(平成27年版)」、Excel形式
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/index.htm

[11] 西山豊「天井板の連結構造が大惨事をまねいた―笹子トンネル事故再考―」 日本科学者会議、第21回総合学術研究集会(龍谷大)、2016年9月3日
[12] 西山豊「笹子トンネル事故を考える―科学者の社会的責任から」『日本の科学者』48(7), 34-40, (2013)
http://www.osaka-ue.ac.jp/zemi/nishiyama/articles/jsa9.pdf

各ホームページの最終閲覧: 2016年11月17日



メールアドレス: nishiyama@osaka-ue.ac.jp
Contact me

(にしやま・ゆたか:大阪経済大学、数学)